日本酒はまず生酛を選ぶ意味がある。

知識

酒屋で日本酒を探している時、「生酛」「山廃」「特別純米酒」「大吟醸」など銘柄に色んな枕詞がついているのをよく見かけます。

はて、何をどうやって比べればいいのか、日本酒を飲み始めた頃は、よく悩みました。できれば、「自分の好みに近いものを引き当てたいっ」とずらりと並んだ日本酒の瓶とガチンコの睨めっこを延々としてましたね。

でも、睨んでいるだけではわからないので、ラベルの文字の勢い!とか、気になるデザイン!とか、もう何となくの酒呑み嗅覚で選んでいたことが懐かしく感じられます。

そこで、私が1番に選びたい、大好きな「生酛」から極めていきたいと思います。

生酛造りは奥が深い理由。

そもそも「生酛」とは、現存する酒造りにおいて、もっとも伝統的な技法であるといわれています。

美味しい日本酒をいただくには、日本酒になる前段階のもろみ(発酵中の液体)を作るために必要な、酒母(酛)しゅぼ(もと)造りが重要な工程となります。

酒母(酛)しゅぼ(もと)造りは、蒸米、麹(麹菌が繁殖した蒸米)、水を原料として、発酵に必要な「酵母」を大量に増殖させることを目的としています。しかも、雑菌などで悪影響が出ないように安全に行うことも重要です。

乳酸を添加する理由。

ところが、酵母を純粋培養させるために小さなタンクの上部を開放したままの状態にするため、様々な野性酵母や雑菌が入り込んでしまうのです。そのため、多くは「速醸酛そくじょうもと」といって専用に作られた醸造用乳酸をここで添加しています。その理由は、雑菌などを含むほとんどの微生物は酸性が苦手だからです。

そこで、素早くタンク内を酸性にすることで、微生物の繁殖を抑え、酵母の増殖にだけ都合の良い環境を作り出し、短時間で安定した酒母(酛)を造り出しているのです。

自然の力を見守って醸す、すばらしさ。

ところが、「生酛」はこの醸造用乳酸を添加せず、蔵内に存在する乳酸菌を取り込み、自然に繁殖させて、自然淘汰の中から生み出される強い酵母を造り出しているのです。

自社培養の乳酸菌を添加している場合もあるようなのですが、それでも、自然界の力を信じて、必要な手を入れ、待つという人の力と自然の営みが融合した作業なのですね。素敵です。

そして「速醸酛」と比べると、「生酛」造りは大変な時間を要し、蔵人の労力も必要なのですが、その分、自然界の乳酸菌は、乳酸以外にも様々な成分をじっくりと生み出し、味わいにも素晴らしい影響を与えてくれるのです。

「速醸酛」を選ぶ良さ。

ここで、「じゃあ昔ながらの生酛造りでないと本物の日本酒じゃないの?」と思う方もいるでしょうか。実は、そうとも言えないんです。「速醸酛」は、酒母(酛)の育成期間が短く、その分コストも抑えられるうえに、様々な乳酸菌をそのまま取り込む「生酛」と比べて、他の微生物が繁殖するリスクが低く、品質を一定に保つことができるメリットもあるのです。

日本酒の敵「腐造」の正体。

もちろん自然の力を取り入れる生酛造りはとても魅力的ですが、同時に「腐造」のリスクも背負っているのです。「腐造」とは、仕込み中や仕込み後にアルコール耐性の強い乳酸菌「火落ち菌」の発生により、日本酒を白濁させ、酸の強い酒質にし、さらに異臭を放つ酒にしてしまう、造り手泣かせの恐ろしいものなんです。

また、日本酒に関係する腐造菌は「腐造乳酸菌」「火落性乳酸菌」「真性火落菌」と種類が分かれており、増殖のスピードやアルコール耐性がそれぞれ違うため、仮に発生し火落ちを引き起こした場合、酒蔵にとっては死活問題となってしまうのです。

リスクを抱えることへの挑戦。

なので、そのリスクが抑えられる「速醸酛」の醸造用乳酸の添加もまた、一つの素晴らしい技術であるといえます。

そして、「腐造」のリスクと戦いながらも、経験豊富な杜氏が、蔵内の衛生状態を保ち、じっくりと時間をかけて酒母(酛)を育成し、その後、私たちのところへ美味しい日本酒として送り出してくれるのは、本当に奇跡的なことなんですね。ありがとうございます。

生酛の旨味は山卸しにある理由。

「生酛」における酒母を造る過程で、大事な作業があります。それが「山卸し(酛摺り)やまおろし(もとすり)」といわれているものです。この作業でつくられた日本酒が「生酛」と呼ばれるのです。

ややこしいのですが、先程までに説明した、自然界の乳酸菌を取り込んで育成して造る酒母(酛)は、正式には「生酛系酒母」と呼ばれ、この「山卸し(酛摺り)」の作業を行っていることが正式な「生酛」、この作業を行っていないのが「山廃」と呼ばれているんです。

蔵人の苦労が伝わる「山卸し」。

昔の生酛造りは、精米技術が進んでおらず、大きな状態の米粒を糖化させるのに時間がかかっていたため、蒸米を櫂という棒で摺り潰すことによって、糖化を早める「山卸し(酛摺り)」の作業が必要だったのです。

「櫂でつぶすな、麹で溶かせ」と昔からいわれていたように、蒸米を潰すように強引に櫂を入れるのではなく、丁寧に摺ることが大切だとされていました。

「山廃」が生まれた理由。

ところが、この「山卸し(酛摺り)」の作業は、寒い冬の夜に一晩中、櫂を入れ続けるという大変な重労働だったため、何とか解消することができないだろうかと研究された結果、1909(明治42年)・国立醸造試験所が行った、山卸しを行った酒母と行わない酒母での検証で、成分的な違いは発見されず、効果は同じとの判断から、この作業を廃止する「山卸廃止酛(山廃酛)」と呼ばれるようになりました。

違いがわかる「生酛」と「山廃」。

ただし、「生酛」と「山廃」は、単純に「山卸し(酛摺り)」作業のある、なしの違いだけではないのかも知れません。「山廃」にはその作業を削る事により、酒母が造られていく過程の微妙な変化に対応するため、熟練の職人技が必要になってくるともいわれています。

また、それぞれの日本酒にもよりますが、個人的に「山廃」はガツンとした重みがあり、複雑な味わいのものが多いような気もします。

「生酛」の美味しさの秘密。

また、「生酛」で行う「山卸し(酛摺り)」作業では、絶妙の力加減で米を摺りつぶし、蒸米のデンプン糖化を助ける事により、微生物に対してタンク内の環境が変化し、濃醇でも味キレの良い「生酛」特有の味わいが楽しめるようになるともいわれています。さらに雑味が少なく、透明感のある味わいになりやすいという声もあるそうなんです。

もしひと口呑んで、違いがわかるようになったら自分を褒めてあげたくなりますね。

自然の力で酒母が出来上がる魅力。

「山卸し(酛摺り)」が終わると、小さなタンクから大きな酒母タンクに集められ、櫂入れを行っているうちに乳酸菌や雑菌、野性酵母などが活発に活動しながら自然淘汰されていくのです。そこへ「暖気入れだきいれ」といって、湯を詰めた樽を使ってタンク内の温度を高め、更に乳酸菌の活動を活発化させます。雑菌が淘汰されたところで、酵母を添加し、増殖させていくことで、力強い生酛系酒母が出来上がっていくのです。

「生酛」の特徴として、時間の経過による品質劣化が少ないため、熟成させることで、より豊かな表情を見せてくれるようです。どんな風に変化していくのか熟成を試してみたいですよね。

まとめ。

私が「生酛」を好きな理由は、どっしりとした力強さを感じるところです。造り手のエネルギーの強さを「全て受け止めます!」みたいな、旨さを味わうための気合いが入る気がするのです。

蔵元さんの並々ならぬ労力と、旨い日本酒を造るんだ、というダイレクトな気持ちが伝わってくるように思うんですよね。完全に私の片想いかも知れませんが笑

もちろん、とても軽やかで呑みやすい酸の「生酛」もあります。それぞれの日本酒には、やっぱり個性があるので、そこも面白いところですよね。

そして何より、大好きな熱燗への適応力があるところも「生酛」を好きな理由のひとつですね。目の前の1本を、どの温度にしようか、どのおちょこにしようか、どんなおつまみに合わせようか、想像するだけでその日本酒への愛が止まりません。

「生酛」について深めてみましたが、もし日本酒を選ぶ時には、ぜひ選択肢のひとつに入れたいところです。楽しみが広がりますよ〜。

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