日本酒を温めると世界が広がる理由。その1。

飲み方

「日本酒を温める?」

店頭で見かける時、冷蔵庫に入っているんだから、わざわざ温める必要なんてあるの?不味くなっちゃうんじゃないの?そう感じる方もいるかも知れません。

あるいは、とっくり片手に飲むなんて、ご年配のおじさまの世界なのでは?酒を燗にするなんて時代劇のワンシーンみたい。それはそれで素敵なのですが、日常に持ってくるのは実感ないなぁと思う方達もいらっしゃるかも知れません。

私が感じるのは、ただ一言「もったいないっ」。

日本酒自体を美味しくいただくのも、またお料理と合わせるにしても、この日本酒を温める世界を知っているだけで、楽しみ方が幾倍にも広がっていくのは間違いないでしょう。

もうすでに大好きな人も、まだまだ出会いはこれからの人も、ぜひ耳を傾けていただければ幸いです。

日本酒を温める意味がわかる理由!

日本酒の歴史を紐解くと、およそ1000年以上前の平安時代から燗で日本酒が飲まれるようになったといわれてます。お燗の歴史は古かったんですね。そしてその時代、貴族の間で広く読まれた、中国の白楽天の詩に「林間暖酒焼紅葉(林間に酒を暖むるに紅葉を焼(た)く)」とあります。

なんか粋な情景が浮かんできますよね。それで貴族の遊び心に火が付いたのでしょうか。

さらに歴史の深い中国の老酒は、日本酒と同じくらいの15度〜20度くらいのアルコール度で、もともと燗で飲む習慣があったため、平安貴族がその文化を取り入れて飲み始めたようなんです。

熱燗を客観的に見てみるとその理由がわかる。

また、山上憶良の「貧窮問答歌」の一節にあるように「・・・すべもなく寒くしあれば 堅塩を とりつづしろひ 糟湯酒 うちすすらひて・・・(塩を舐めつつ、お湯で溶いた酒粕をすすって暖をとる)」と農民の苦しい生活をありのまま描写した歌もありました。

暖房器具など多くないこの時代に、糟湯酒然り、燗酒然り、簡単に暖をとるのに適した方法だったのかも知れませんね。

さらに今現在と酒質を比べれば、米の精白は今より難しかったため、雑味を和らげるために、温めることでより飲みやすく工夫したともいえます。

信長も熱燗を飲んでいたの・・・かも。

そして、安土桃山時代の日本とヨーロッパの文化について書かれた、宣教師ルイス・フロイスの「日欧文化比較」には「われわれの間では葡萄酒を冷やす。日本では、(お酒を)飲むとき、ほとんど一年中いつもそれを暖める。」とあります。この時代でも、やっぱり熱燗だったのですね。

ちなみに、他にもお酒の飲み方の違いも書かれており、ルイスがかなりのカルチャーショックを受けていたことが伝わります。面白いので、興味のある方は調べてみてください。

身近な存在になるまでのストーリー。

江戸時代中期以降には、運搬と貯蔵用の大型徳利(1升から3升)から1、2合の燗徳利が造られ、湯煎でのお燗が手軽にできるようになり、熱燗は確実に広まっていきました。さらに居酒屋の前身「煮売り酒屋」の発展に伴い、燗酒は一般的に定着していったと考えられます。

その後も明治、戦前は酒といえば燗酒であり、1899年には国税の35.5%を酒税が占めるという、恐ろしくも頼もしい力を持つ日本酒が、国庫を支えていたのです。

本来の日本酒に辿り着くまでの歴史。

戦後に飛躍的に生産が高まった三倍増譲酒(三増酒)の台頭もあります。三増酒とは、米と米麹で造ったもろみに、2倍の醸造アルコールを足して、さらに糖類(ブドウ糖、水あめ)、酸味量(乳酸、コハク酸)、グルタミン酸ソーダなどを添加して味を整えたものに、アルコールを添加した清酒などをブレンドしたお酒のことです。

これが、ベタベタと甘いお酒と言われた所以です。私は、これを味わった時代では無いのですが、戦後の食糧難を考えれば、責めることは、決してできないひとつの歴史であると思っています。

時代背景によって、味が変わる。

また高度経済成長期には日本酒そのものの消費の減少、また宴会時に大量に高温で燗付けされてしまった日本酒の味の悪さの弊害で、燗酒にとっては陰の時代が訪れてしまいます。

追い討ちをかけるように、バブル期には三増酒や味のくずれた燗酒の対極のものとして”淡麗辛口”ブームが起き、「良いお酒=冷酒」、「安酒=燗」という図式が出来上がってしまったため、燗酒の世界は不遇の時代となってしまうのです。

闇があれば光もあるのさ。

しかし、それとは裏腹に、日本酒業界としては、蔵人たちの篤き思いと研鑽により、純米酒を造る蔵元が出始めました。1950年代〜60年代に、世の中の主流がビールやウイスキーに切り替えられ、日本酒離れに危機感を覚えてのことだそうです。

酒税の関係もあり、地方の安い酒の方が美味いと70年代は”地酒ブーム”が起き、80年代にかけ吟醸酒が発売され、”淡麗辛口”ブームへと流れていくのです。「日本酒は旨いんだ!」という造り手の声なき声が聞こえてくるようですね。

燗上がりする日本酒が生まれた理由。

世の中が、淡麗辛口を追い求めている中、1987年埼玉の神亀酒造が全国初の全量純米に切り替えたのです。全量純米とは、醸造アルコールや糖類等を一切添加せず、米と水だけで日本酒を造ることをいいます。

この決断は、酒を薄めて利益を出したり、糖を添加して甘みを出していた三増酒に対して、本来の日本酒に立ち返ろう、米からの旨みで酒を造ろうという強い意志を示すものでした。

人が感じる旨いが原動力になる。

純米酒は、米の濃厚な旨みやふくよかな香りを感じさせ、コクのある味わいが特徴で、お燗にする事により、さらに旨味を膨らませることが出来る日本酒なのです。

同時期、元鳥取県工業試験場技官の酒造技術者・上原浩さんは「酒は純米、燗ならなおよし」の思想のもと、酒造界を奔走されていました。このような日本酒を愛する方達のおかげで、「日本酒」に新しい流れが生まれ、冷酒も美味しい、しかし・・・と冷えていた酒飲みの心を「燗酒」の魅力が温め始めたのです。

「燗酒」の魅力は、先人の想いから復活。

現在では、神亀酒造や上原さんの想いに賛同する蔵元が、燗を意識して造られた日本酒を生み出したり、お燗の専門店や料理に合わせて温度を操る燗付け師も現れ、その幅の広がり方、楽しみ方は無限大に増えました。また、家庭用の燗つけ器や温度計なども売られ、いつでもどこでも身近にお燗を楽しめるようにもなりました。

私たちは今、本当に幸せな燗酒黄金時代を生きているのでは無いでしょうか。

日本酒の温度を変えて楽しむ方法。

日本酒には、それぞれの温度に美しい表現がされています。日本酒に対する愛を感じますよね。

5℃ 10℃ 15℃ 30℃ 35℃ 40℃ 45℃ 50℃ 55℃以上
雪冷え 花冷え 涼冷え 日向燗 人肌燗 ぬる燗 上燗 熱燗 飛びきり燗

温度帯の変化で比べてみた。

次に、あくまで主観ではありますが、温度帯の変化を比べてみたいと思います。それぞれの日本酒はランダムに選んでおります。どれもこれも美味しい日本酒たちです。蔵元の方々、しばしお借りいたします。

正雪 純米大吟醸 雄町 45% 志太泉 純米吟醸 誉富士 50% 正雪 辛口純米  誉富士 60% 英君 特別本醸造 生 60%
冷蔵庫から出したて 大吟醸の華やかな香り、キレイさの中に米の旨味も感じられる。 すんなりと飲みやすく、料理を選ばず、なんでも受け入れてくれそうでバランスが良い。 米の旨みもあるが、飲みやすくスッキリしている。 香りも良く、アルコール感の少ないキレイでやわらかな味。このままで美味しい。
35℃(人肌燗) 華やかな味わいを保ちつつ、米の旨みも膨らむ。 バランスが良いせいか、飲みやすいまま。 米のしっかりした味わいがあり、酸も感じるがまろやかにもなる。 やわらかな味のまま旨味も感じる。
40℃(ぬる燗) 香りもなく、味も崩れてしまった。 全ての良さが引き立つように、ものすごく美味しくなった。 さらに旨味が増して、米の良さが出ている。 老香(ひねか)のような鼻につく香りが出てしまった。味わいもない。
45℃(上燗) 香りは少ないが、上質な味わいが少し復活した。 安定はしているが、旨味がでているわけではない。 酸が強いのか、飲みにくくなった。 先程の老香のような香りがなくなり、味のバランスも取れ、急に美味しくなった。
50℃(熱燗) 上品なまま食中酒に向くような仕上がり。 酸の味が少し出てしまった。 純米酒らしい、しっかりとした熱燗になった。 また老香のような香りが出てしまった。
55℃(飛びきり燗) 甘みや酸味がバラバラに出て、味は崩れてしまった。 安定して飲みやすかった。 アルコール感は出るが、美味しいと感じる味わいになっている。 香りもキレイな味わいも完全に壊れてしまった。

あまり正確には測ることはできなかった上に、素人の遊びの範疇だったかも知れませんが、様々な表情を見せていただきました。

これらの結果を見てみると、ある温度帯で急に美味しくなったり、崩れてしまったのに復活したり、それぞれの日本酒の個性に合う温度帯が存在するように思われます。

さらに、燗付けしてから少し温度が下がると、また味わいが穏やかになり、バランスが取れ、飲みやすくなるものもありました。これを「燗冷まし」と言って、ひとつの楽しみ方にもなります。

日本酒に決まった方程式はない。だから、面白い。

純米大吟醸だから必ず冷やしてとか、純米酒だからとにかく温めれば良いとか、そういうことでもなさそうです。日本酒に対して敬意を持ちつつ、色々試してみようという気持ちが大事なのかも知れません。

縁のあった目の前の日本酒と、気持ちよく相談しながら、個性にあった温度帯を見つけられると楽しみ方が膨らみますよね。

まとめ。

正直、ここまでで全てを書ききれません。ので、その2へ続きます。

今回、歴史を振り返らせてもらい、改めてものすごく勉強になりました。もっと深めたいところはたくさんありましたので、またの機会にお披露目したいと思います。

歴史を知ると、その時代の人たちの日本酒愛も感じることができました。酒を愛し、酒に酔う自分も周りも愛し、その時間を楽しむ。

なんて素敵なことでしょう。その愛の中に燗酒の存在が大きく占めていることが、温めた日本酒をほっこり飲むのが好きな私にとって、何より嬉しいことでした。

燗酒は日本人のDNAに組み込まれてるんじゃないかな。

ですので、日本酒は冷やして飲むもの、とは言わずに、

ぜひ一度、お燗の世界を試してみてはいかがでしょうか。

その2へ〜↓

日本酒を温めると世界が広がる理由。その2。
お酒はぬるめの燗がいい〜♪と歌いながら、コンロの前で日本酒を湯煎しつつ、厳しい冬を楽しもうと、思わずにやりと笑う。ご機嫌な今日この頃です。 燗酒を飲むという行動ひとつで、浮かぶ情景、合わせるつまみ、注ぐ酒器など、色んなことが派生して関わって...

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