夜なべして日本酒の歴史を紐解く楽しさ。上巻の二。

知識

上巻の一から続きます。日本の文化に寄り添う形で、お酒の歴史が動いていきます!

神聖な気持ちでいただく日本酒も楽しいですよね。

力強い日本酒文化のはじまり。

時は移り、奈良時代から平安時代にかけて、様々な枠組みが生まれてきます。民間や国府による酒造りはもちろんのこと、朝廷内に専門的な部署ができるなどお酒に関わる人たちが増えていくんですね。

酒造司の長官はエリートだった。

お酒をはじめ、甘酒や酢を造る役所は、酒造司(みきのつかさ)と呼ばれ、醸造方法や多種多様な酒造りの広がりと共に、新たな日本酒の文化に貢献していきます。

当時、造られたお酒のほとんどは天皇や朝廷のためであったため、高級官人を除き、下級役人は水の割合が多いものが主だったようです。少し寂しいですが、身体の負担は少なかったのかも知れませんね。

切っても切れない日常生活との縁。

神様や天皇など敬う対象に捧げるための日本酒は、飲む人が呑んべいか否かに関わらず、人生において様々な場面で顔を出してくれています。

婚礼の三三九度(三献の儀)や四季折々の行事、三国志にまつわる桃園の誓いなど、盃を交わすことで約束を守ったり、親睦を深めたりする固い絆を結ぶような意味合いがあります。やはり歴史上、様々な事柄に縁が深いお役目なのですね。

三国志の三顧の礼になぞらえて、日本酒に関わっている方々に対して誠実な礼儀を尽くしていくことを大切にしたいと思います。

脱線!よもやま話。

脱線ついでに‥。上記の三顧の礼をはじめ、三種の神器や一刀三礼、世界三大珍味まで、探してみると色んな言葉に三が付いていますよね。って、今思いました笑。

最古と云われる部種別漢字辞典「説文解字せつもんかいじ」に、三は天地人之道也。とあります。天と地と人(三才)、つまり、宇宙間に存在する万物を表していると云うことです。と、書いていて頭が混乱していますが、要は三つのバランスが揃うと良い感じだよね〜。ってことかなぁと解釈いたしました!以上 笑!

頭の中身が沸いてしまう前に、先に進めたいと思います。

騒乱の世から育まれたもの・僧坊酒。

平安時代後期から鎌倉・室町時代、戦国時代にかけて世は騒乱の時代となります。朝廷で生まれた造酒司の技術者たちが、中心から地方に流出したことをきっかけに、各地で寺・神社での酒造りや造り酒屋が浸透していきます。

自律を目指すための酒造り。

混乱に乗じて、大きな寺院もまた民衆の貧困同様、財政難に陥っていました。朝廷や幕府の力を借りずに経営を立て直していくため、僧侶による酒造り(僧坊酒)が行われたのです。

日本最古の酒母・菩提酛。

日本清酒発祥の地とされる奈良県の菩提山・正暦寺ぼだいさん・しょうりゃくじで、日本最古の酒母・菩提酛ぼだいもとと云われる酒母の概念が作られました。さらに、どぶろくを濾して透明感のある日本酒に仕上げる技術を生み出したとされています。ここに来て、ようやく現代の形に近づいてきましたね。

と言いましても、菩提酛は菩提泉という名のお酒が元であり、歴史書物に記されるまでの200年の間に変化したと考えられています。奈良から各地域へと、まさに泉のように湧き広がっていったのですね。

菩提酛の造りに迫る。

さて、今と何が違うのか。酒造りには米と水をアルコールに変えていく必要があります。その上で、発酵を促す酒母が書かせない存在なのですが、通常の酒造りは蒸米と麹、水を合わせます。

しかし、菩提酛はまず生米を乳酸発酵させた、そやし水(乳酸酸性水)を造ります。その後、取り出した生米を蒸して酒母を造っていきます。この醸造方法は、夏でも酒造りが出来るため、僧侶が本気で財源確保を目指した知恵であったように思われます。

歴史は今に繋がっているのか?

残念ながら一度途絶えてしまった歴史ですが、奈良県内の蔵元有志により復活されているんです!県内の八蔵が共に酒母造りを行い、それぞれが個性を引き立たせながら奈良酒を醸しています。

独特の乳酸菌と香りが特徴である菩提酛が、各蔵元でどのように変化していくのか。是非飲んでみたいですよね〜!寺院で育てられた祈りの酒を、厳かな気分でいただきたいものです。

もう一つの歴史・諸白を知る。

諸白もろはくという技術もここから始まりました。蔵人さんがほかほかに蒸したお米に、高い所から麹菌こうじきんをふりふりと振りかける映像はテレビでよく見かけますよね。その麹米こうじまい蒸米むしまい)は玄米が主流でしたが、白米が使われるようになり酒質向上に繋がったのです。

お手軽な精米機がない時代のこと。

その麹米で造った酒母しゅぼ(酒造りの元となるもと)を、元気な日本酒をたくさんの量に増やすべく(もろみ造り)、さらに蒸米(掛米)が必要となります。それまでの片白は、この掛米だけが白米だったのですね。

酒造りの歴史は、ある意味、精米歩合の歴史でもある。と思ってしまいます。昔は、今のような酒に適したお米にする技術はありませんでしたから、足踏みや水車など木臼による米搗きこめつきで工夫を重ね、江戸の初期に伝来した石臼により飛躍的な向上を遂げました。

お米の磨きが左右するお酒の味わい。

石臼引きの登場により、いわゆる米の磨きが、お酒の味わいに影響していたことを物語っています。足踏みの頃の精米歩合は90%台なので、当時の方々がどのようなお酒を味わっていたのか、とても興味が沸きます。

実は最近、低精米歩合90%のお酒が数多く出ておりますので、ぜひお試しになってみてくださいませ。誘惑が多すぎて自分は試せていませんが、近日中にっ!と誓っておきます。

僧坊酒を改めて理解する面白さ。

話はだいぶ遡りますが、なぜお寺でお坊さんがお酒を造ったのだろうか?神社の神様に納めるのならお寺は関係ないし、ましてや不飲酒戒があるはず‥。それは、財政難はもちろんのこと、神仏習合の習いがあったからなんです。

制度に翻弄された栄枯盛衰。

簡単に説明すると、古来からの神道(神様)と仏教(仏様)を一つの宗教として考えようと云うことです。しかしながら、明治政府が生まれた翌年には禁止され、神道が国教となりました。平安・奈良時代から続く僧坊酒や神社の酒造りは、歴史の影に隠れてしまったのです。

ちなみに不飲酒戒は、酒に飲まれたらいけませんよ、自ら戒めよ。ということらしいです。飲んでいいんだ。なぜかちょっぴり安心しました。

と言いながら、中巻・下巻に続きます。

まとめ

今の酒造りに繋がる歴史を垣間見ることができました。やはり、1日や2日で簡単にマニュアルが出来上がることはありませんね。

むしろ、何もかもが発展途上であり、大きな可能性を秘めているということかも知れません。

日本酒と共に、学びの道を歩んでいきたいと思います!

続く↓

夜なべして日本酒の歴史を紐解く楽しさ。中巻。
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参考:奈良県菩提元による清酒製造研究会(菩提研)/国税庁/ 独立行政法人酒類総合研究所/株式会社サタケ「酒造りと酒造精米の歴史」/滋賀大学経済学部/エネルギー・文化研究所(大阪ガスネットワーク)/J-Stage/大浦春堂「神様が宿る御神酒」

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